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私が早稲田理工を目指した理由

こんにちは!らいとです。

 

今回は私が早稲田大学理工学部を目指した理由について書いていきます。早稲田理工を目指す人は少ないので、気になる方もいるでしょう。

 

そもそも理系で「私立第一志望はありえない」という考えの人が多いと思います。特に進学校ではそうでしょう。私が通っていた高校もそうでした。

 

早稲田を目指すときちんと決めたのは高校2年生の秋です。それまでの経緯を書いていきます。

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早稲田を初めて目指したのはいつ?

私が早稲田を初めて目指したのは中学3年の夏です。その頃は早稲田大学に行きたかったというより、大学受験をするのが面倒だから附属高校に行きたかっただけです。

また早稲田でも慶應でもどちらであっても良いという考え方でした。結局早稲田の附属と慶應の附属を1つずつ受けたのですが、両方落ちました。

 

結果は、慶應は全然ダメでした。一方早稲田は1次試験はなんとか合格できたものの、2次試験(面接)で落ちました。

 

面接のせいで落ちたのかもしれませんが、自己採点の点数が塾の先生などが言っていた2次試験に合格するラインより低かったので、点数が少し足りなかったのだと思っています。(ちなみに2次で1次合格者の3分の1くらいの人が落とされます。)

 

慶應は惜しくなかったので諦めがついたものの、早稲田は惜しかったこともあり、「大学受験でリベンジしないと気が済まない」という感じになっていました。

逆に早慶附属落ちたぐらいだから東大や京大は絶対無理だろうなぁと思っていました。(実際はそんなことはありません。高校受験と大学受験は全くの別物です。)

 

高校1年~高校2年夏

結局入学したのは公立高校でした。高校1年の6月くらいに、高校生になって初めて模試を受けたのですが、その時、第一志望に書いたのは早稲田大学理工学部でした。リベンジに燃えていたからです。

 

しかし当然のことながら同じクラスの他の人の第一志望は、東大や東工大などの国立大学ばかりです。秋ごろになると勉強のやる気もなくなり、だんだん「早稲田に絶対合格するぞ!」という気持ちが薄くなっていきました。

 

そのころから周りにあわせて、東工大が第一志望と言っていました。別に東工大について調べたわけではなく、なんとなくでした。これが高校2年の夏ごろまで続きます。

 

高校2年秋

 私の学校では高校2年の秋に志望校を決めるように言われていました。そのため色々な大学を調べました。

 

家から通えることもあり、私は東京の大学に行きたいと思っていたので候補としては東工大、早稲田、慶應などでした。(上で述べたように東大は高校入学時に無理だと思っていたので一切考えませんでした。)

 

結局調べた中で早稲田が最も良いと思ったので早稲田を選びました。サークルや行事などが盛んで、楽しそうに見えましたね。

 

最後に

ここまで早稲田大学理工学部を目指すようになった経緯を書いてきましたが、多くの人との1番の違いは、志望校を決めるときに早稲田大学理工学部が選択肢の1つであったことです。

 

多くの人は最初から「私立は国立に落ちたら行くものであって目指すものではない」という認識であるのに対し、高校受験での悔しさが強すぎたあまり、早稲田が志望校の選択肢の1つに残ったことが私が早稲田を目指す一番の要因だったと思います。

もちろん私はこの選択を後悔していません。早稲田に入れて本当によかったと思っています。今は大学に行けないので悲しいですが…

 

私が指定校推薦ではなく、一般受験を選んだ理由は別の記事に書いてあるので、ぜひご覧ください。その記事はこちら ↓